数年前津軽地方の板碑について調査した事がありましたが、その時は
黒石には板碑が存在しなかったとばかり思っていましたが、最近の
情報によると「青森県史」に元々黒石市浅瀬石の高賀野地区にあった
「大善院」に数基の板碑が存在していたらしい。その大善院は津軽を
統一した津軽為信によって黒石浅瀬石から弘前の堀越城へ移転された。
おそらくこの時大善院にあった板碑も堀越へ移設されたと思われる。
また、現在保存されている弘前市の八幡宮にどのような経緯でいつ頃
移されたのかは全く不明との事です。
「陸奥古碑集」という本によれば「弘前市田町の八幡宮には大善院の
板碑があるが文字は磨滅して判別できないが高賀野村から移転した
ものである」という。詳細は不明であるとの事ですが、碑に書かれて
いる梵字が左右二文字が刻まれていて、四角の枠で囲っているのが
特徴的であるとの事です。
黒石には板碑が存在しなかったと思っていましたが、
黒石にも存在していた事がわかりました。